日本で「韓流」という言葉が広く知られるようになったきっかけを一つ挙げるなら、やはり『冬のソナタ』です。韓国では2002年に放送された恋愛ドラマですが、日本では2003年のNHK BS2での放送を機に人気が広がり、翌2004年の地上波放送を経て社会現象と呼ばれるまでになりました。

主演のペ・ヨンジュンは「ヨン様」と呼ばれ、それまで韓国ドラマを見ていなかった層にも知られる存在に。作品への関心は俳優だけにとどまらず、韓国旅行や韓国語、食文化などへも広がっていきました。現在のKドラマ人気までさかのぼって見ると、日本では『冬のソナタ』が大きな転換点だったことが分かります。

『冬のソナタ』とは?2002年に韓国で放送された全20話の恋愛ドラマ

『冬のソナタ(겨울연가)』は、2002年1月14日から3月19日まで韓国KBS2で放送された全20話のドラマです。ユン・ソクホ監督による「四季シリーズ」の第2作で、主演はペ・ヨンジュンとチェ・ジウ。パク・ヨンハ、パク・ソルミらも主要キャストとして出演しました。

物語の中心にあるのは、高校時代に出会ったチュンサン(ペ・ヨンジュン)とユジン(チェ・ジウ)の初恋です。二人は互いに惹かれ合いますが、チュンサンが事故に遭ったことで突然離れ離れに。10年後、ユジンの前にチュンサンと瓜二つの男性ミニョンが現れます。

記憶、再会、初恋という王道のテーマを、雪景色や静かな音楽と重ねて描いたのが『冬のソナタ』でした。現在のドラマに比べると展開をゆっくりに感じるかもしれませんが、その間の取り方が登場人物の揺れる気持ちをじっくり見せています。

『冬のソナタ』のロケ地として知られる南怡島の並木道
Photo: Hyolee2 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

日本では2003年4月3日のNHK BS2放送から人気が広がった

韓国での放送から約1年後、『冬のソナタ』は2003年4月3日にNHK BS2で日本初放送が始まりました。口コミで人気が広がり、同年12月の再放送を経て、2004年4月3日からはNHK総合でも放送されます。

もちろん、日本に韓国映画や韓国音楽が入ってきたのは『冬のソナタ』より前です。それでも日本の「韓流ブーム」を振り返る際に2003年が大きな節目とされるのは、この作品が韓国の大衆文化を幅広い視聴者に届けたからでしょう。大阪韓国文化院も2013年の「韓流10年」を振り返る企画で、2003年の『冬のソナタ』放送開始を起点として紹介しています。

衛星放送で評判になった作品が地上波へ移り、DVDや関連書籍、テレビ番組を通してさらに知られていく。当時はテレビを起点に人気が広がっており、配信サービスから話題作が生まれる現在のKドラマとは、ブームの広がり方そのものが違っていました。

なぜ『冬のソナタ』は日本でこれほど支持されたのか

『冬のソナタ』の魅力は、「忘れられない初恋」という普遍的な感情にあります。学生時代の恋、突然の別れ、そして大人になってからの再会。文化や言葉が違っても感情移入しやすい物語でした。

NHK放送文化研究所の調査を紹介した当時の報道によると、『冬のソナタ』を見たことがある人は全国で38%。特に50代女性では55%、40代女性では52%が視聴していました。作品の魅力として挙げられたのは「ストーリー」63%、「BGM」51%、「俳優」50%。ペ・ヨンジュンだけが人気だったのではなく、物語と音楽を含めた作品全体が支持されていたことが分かります。

同じ調査では、視聴後に「韓国に対する興味が高まった」と答えた人もいました。2005年に発表された別の視聴者研究でも、主人公への感情移入や主演俳優への好感と、韓国や韓国人への関心の高まりとの間に関連が見られたと報告されています。一つのドラマへの共感が、隣国そのものへの興味につながっていった点は、このブームの興味深いところです。

音楽の存在も大きく、テーマ曲「最初から今まで」や「My Memory」は、ドラマとセットで記憶している人も多いはずです。映像、音楽、俳優の雰囲気が重なり、『冬のソナタ』ならではの世界観が作られました。

ペ・ヨンジュンとは?『冬のソナタ』以前から韓国では人気俳優だった

ペ・ヨンジュン(배용준)は1972年8月29日生まれ。1994年のKBSドラマ『愛の挨拶』で俳優デビューしました。『若者の日向』『初恋』『愛の群像』などを経て、2001年には『ホテリアー』に出演。『冬のソナタ』以前から、韓国ではすでに人気俳優として知られていました。

2002年の『冬のソナタ』、そして翌年から始まった日本での放送によって、その知名度は一気にアジアへ広がります。チュンサンとミニョンという印象の異なる人物を演じたペ・ヨンジュンは、柔らかな笑顔と眼鏡姿でも強い印象を残しました。

なぜ「ヨン様」と呼ばれるようになった?

日本のファンの間で定着した呼び名が「ヨン様」です。「ヨン」はヨンジュンの名前から取られ、「様」という敬称を付けたもの。当時、海外俳優を名前の一部に「様」を付けて呼ぶスタイルは珍しく、ニュースやワイドショーでも繰り返し使われました。

ペ・ヨンジュンがファンを「家族」と表現したことも、親しみのあるスター像を強めました。2004年の来日時のインタビューでは、自身の出演ドラマが韓国語教材として使われていると聞き、「責任重大」と感じたことも語っています。好きな俳優やドラマをきっかけに韓国語へ興味を持つ人が現れたのも、この時期ならではの現象でした。

空港に5,000人――「ヨン様」ブームを物語る当時のエピソード

数字だけでは伝わりにくい『冬のソナタ』ブームですが、2004年のペ・ヨンジュン初来日を振り返ると、その熱気がよく分かります。

羽田空港に約5,000人、女子トイレには100人以上の列

2004年4月3日、ペ・ヨンジュンが初めて公式に来日すると、羽田空港には約5,000人の女性ファンが集まりました。警察発表として当時の報道に残っている数字です。空港は通常では考えにくいほどの混雑となり、女子トイレには100人以上の列ができ、国内線ターミナルとの連絡バスにも遅れが出たと報じられました。

集まったのは30~40代を中心とする女性ファンで、前日から待っていた人もいました。当時は今のようにSNSで情報が瞬時に広がる時代ではなく、テレビや新聞、ファン同士の口コミが中心。それでも空港を埋めるほどの人が集まったという事実から、人気の大きさが伝わってきます。

到着便を公表しなくても、成田に約3,500人

同じ年の11月25日に再び来日した際には、安全面を考慮して到着便が公表されませんでした。それでも成田空港には約3,500人のファンが集まり、利用する航空会社を予想して前々日から到着ゲートで待っていた人もいたと当時の記事は伝えています。

ペ・ヨンジュンが空港でファンの前に姿を見せたのは約5分。それでも手を振ったり、深くお辞儀をしたりする姿を一目見ようと、大勢が待ち続けました。ドラマの主人公と現実の俳優が重なり、「一度でいいから実際に会いたい」という思いがそれだけ強かったのでしょう。

「ヨンフルエンザ」という言葉まで登場

ブームの大きさを表す言葉として、当時は「ヨンフルエンザ」という造語まで使われました。「ヨン様」と「インフルエンザ」を組み合わせた言葉で、ペ・ヨンジュン人気が急速に広がっていく様子を表したものです。

第一次韓流が若者だけのブームではなく、40~50代を中心とする女性にも広く支持された点は、後のK-POPを中心とした韓流との違いとしても興味深いところです。NHK放送文化研究所の調査でも、女性の40代・50代で特に高い視聴率が確認されています。

ドラマを見るだけで終わらなかった女性ファンの「冬ソナ」ブーム

当時の女性ファンを、単に「ヨン様に熱狂した人たち」とだけ捉えると、このブームの面白さを見落としてしまいます。研究では、『冬のソナタ』をきっかけに韓国語を学び始めたり、韓国や韓国人への関心を深めたりした視聴者がいたことが報告されています。

友人同士でドラマについて語り、ロケ地を訪ねる韓国旅行へ出かける。家でテレビを見るところから始まった趣味が、人との交流や語学学習、海外旅行へと広がっていきました。ロケ地では、ドラマで見た構図やポーズを思い出しながら写真を撮ることも、ファンにとって旅の楽しみの一つになっていきます。

『冬のソナタ』のロケ地・南怡島で撮影された冬の風景
Photo: Penmerahpenbiru / Wikimedia Commons(CC BY 3.0)

南怡島では、二人が雪だるまを作る「初キス」の場面や、自転車で並木道を走る場面が特に象徴的です。実際に同じ場所を訪れ、ドラマと同じような構図で写真を撮る楽しみ方は、『冬のソナタ』のロケ地巡りを代表する文化になりました。

作品を見て終わるのではなく、実際にその場所へ行き、同じ景色の中に立ってみる。『冬のソナタ』が日本のファンにとって韓国旅行のきっかけになった背景には、こうした「ドラマの世界を自分でも体験したい」という楽しみ方がありました。

ペ・ヨンジュンの『冬のソナタ』以外の代表作

  • 1994年『愛の挨拶』
  • 1995年『若者の日向』
  • 1996年『初恋』
  • 1999年『愛の群像』
  • 2001年『ホテリアー』
  • 2002年『冬のソナタ』
  • 2003年 映画『スキャンダル』
  • 2005年 映画『四月の雪』
  • 2007年『太王四神記』
  • 2011年『ドリームハイ』

『冬のソナタ』の後も日本ではペ・ヨンジュン出演作への関心が高く、『四月の雪』や『太王四神記』なども大きく取り上げられました。「好きになった韓国俳優の次の作品も見る」という楽しみ方が日本に広がった時期を代表する存在でもあります。

『冬のソナタ』をきっかけに韓国ドラマを見始めた人の中には、その後ほかの作品やOSTへ興味を広げていった人も少なくありません。作品だけでなく、音楽や俳優、ロケ地へと関心が広がっていったことも、当時の韓流ブームを特徴づける動きでした。

20年以上たった2026年、日本で映画版が公開

『冬のソナタ』は、過去のブームとして終わった作品でもありません。2026年3月6日には『映画 冬のソナタ 日本特別版』が日本で公開されました。約1,400分に及ぶドラマを128分に再構成し、4Kリマスターした日本向けの特別編集版です。ユン・ソクホ監督も制作工程に参加しています。

日本でのドラマ初放送から20年以上たって、再び映画館で作品に触れる機会が作られたこと自体、『冬のソナタ』が日本の韓流史の中で特別な位置にあることを物語っています。

FAQ

『冬のソナタ』が日本で放送されたのはいつ?

日本での初放送は2003年4月3日に始まったNHK BS2です。その後、同年12月に再放送され、2004年4月3日からNHK総合でも放送されました。この時期が日本の第一次韓流ブームの大きな節目として広く語られています。

ペ・ヨンジュンは『冬のソナタ』で何役?

高校時代のカン・チュンサンと、大人になったユジンの前に現れるイ・ミニョンを演じています。二人の関係そのものが物語の大きな鍵になるため、未視聴なら詳しい説明を知らずに見るほうが楽しめます。

『冬のソナタ』は本当に韓流の最初の作品?

韓流そのものは『冬のソナタ』以前から中国語圏などで広がっていました。また、日本でも韓国映画や音楽はすでに紹介されています。そのため「世界で最初の韓流作品」というわけではありません。ただし、日本で韓流を幅広い層に浸透させ、第一次韓流ブームの大きなきっかけになった作品という意味では、『冬のソナタ』が原点として語られています。

まとめ

『冬のソナタ』は、初恋と再会を描いた一つの韓国ドラマから、日本の韓流ブームを大きく動かす作品になりました。そして、その中心にいたのがペ・ヨンジュンです。「ヨン様」という呼び名が社会に定着するほどの人気は、韓国ドラマだけでなく韓国そのものへ目を向ける人を増やしました。

空港に数千人が集まり、ロケ地を訪ね、韓国語を学び始める人まで現れた第一次韓流。現在のK-POPや配信ドラマを中心とする韓流とは形が違いますが、「好きな作品から韓国そのものへ興味が広がる」という流れは、今にも通じています。